12月25日は「第九&ソロイスツ」でした。
第1部はソリストによるガラコンサート、第2部は室内楽アンサンブルと合唱が加わり「第九」の第1楽章と第4楽章を演奏しました。
昼過ぎに集合し、リハなども順調に進んで、私は会場や練習風景の写真を撮ったり、差し入れのお菓子を食べたりして、のんきに過ごしていました。
ところが、開場してみると、主催側に何かの読み誤りがあったらしく、来客数が定員をオーバー。かなりのお客様が座れないようでした(汗)
開演時刻が遅れ、主催者側からはお詫びと説明があり、一部のお客様には途中から舞台上(!)で鑑賞していただくなどの対応が取られました。
開演前はだいぶ混乱してハラハラしましたが、演奏が始まると徐々に会場の雰囲気も落ち着いていったようです。
私が『アドリアーナ・ルクヴルール』のアリアを歌いに舞台に出て行ったときには、温かい空気に包まれていました。
豊洲のシビックセンターホールは、壁面の一部がガラス張りになっており、シャッターを開けると東京の夜景が見えるステキなホールです。
日本に数台しかないという、イタリアのファツィオリ社のピアノが入っています。イタリアから来た、明るい響きのピアノと一緒にイタリアオペラのアリアを歌えるのも嬉しい。
2曲目は『蝶々夫人』のアリアを歌いました。
ハプニングのせいでむしろ出演者の結束は強まり、「お客様にご不便をかけた分、楽しんでいただこう」という気持ちが高まりました。
練習が2回しかなかったので、オケや合唱の人とは話す機会がほとんどなかったのですが、ここで一気に打ち解け、「何が幸いするかわからないものだな」と思いました。
2部の「第九」はオケも合唱もソリストも、今まで以上の集中力でした。オケや合唱は少数精鋭で、小編成とは思えないくらいのクオリティと迫力だったんじゃないかと思います。
第4楽章が終わった途端、たくさんの「ブラボー」が会場に飛び交いました。
なんだかホッとしました。
あのときの高揚感を思い出すと、今でもワクワクして、「歌わせていただいて良かったなあ」と思うのです。
日本の冬にはあちこちで耳にする第九ですが、私は第九を聴くたびにこの日のことを思い出すでしょう。
今年のクリスマスは、忘れられないクリスマスになりました。
友人の岩渕静さんは、プロのピアニストでもあり、またトンボ玉アクセサリーを作るアーティストでもある。多才な人だ。「シズカナソラ」というページでも作品を公開している。
先日、久しぶりに一緒に食事をする機会があり、森の中にあるイタリア料理店を訪れた。
からりと晴れた秋の埼玉である。
レストランはレトロな小屋のような作りで、大きなピザ窯があり、地元の食材を生かした丁寧な料理が提供された。
何を食べても自然の恵みを感じて、美味しかった。
ガラス戸から見える風景は一面の落ち葉で、その落ち葉とそっくりな、枯れ葉のような蝶々たちがひらひらと舞っているのだった。
ぼんやりと見ながら、「そんなに遠くに行かなくても、こういう静かな時間が持てるのは良いなあ」と思ったりした。
静さんは、今年の秋から挑戦しているという、トンボ玉の帯留めを見せてくれた。
事前に写真を送ってもらうとどれも素敵だったが、どれにしたら良いのか、わからない。
和物は、意外な組み合わせが面白かったりするので、私は自分の帯(リバーシブルの半幅帯)を持参していた。
夜店の風船のような、飴玉のような、たくさんのトンボ玉は見ているだけで楽しい。
どうやって作るのだろうか。
いくつか帯に合わせてみると、すぐにぴったりのものが見つかった。
最近バタバタしてあまり着物を着られていないけれど、また着ようかなと思うのだった。
12月1日は、歌仲間の平松さんのお別れの会でした。
私たちのオペラでは必ず、客席から「ブラボーーー!」と声をかけてくれていた平松さん。
今年の6月も『フィガロの結婚』を観に来てくださっていた。
闘病されていたことは知っていたが、あれが最後になってしまった・・・。
会場には、壁一面に生前の映像が映し出され、そこには歌っている平松さんがいる。
『魔笛』のパパゲーノはコミカルに、『仮面舞踏会』のレナートはシリアスに。
『道化師』のトニオの前口上なんて、これから本当にオペラが始まりそうだ。
でも、ご本人はそこには居ない。
いや、きっと来てくれていて、一緒に歌っているはずだ、と思う。
お洒落で、博識で、食べることが好きで、楽しいことが大好きだった平松さんにふさわしく、会場は大盛り上がりだった。
「翼をください」を全員で歌いながら、私は涙が止まらなかった。
人はいつか死ぬ。
身近な人が亡くなるたびに、時間には限りがあることを思い知らされる。
私は悔いなく生きることが出来ているだろうか。
平松さんが描いた絵を焼き付けたマグカップを、帰りにいただいた。
これは『魔笛』の最初のシーンだ。
先週末、大学の友人たちと奈良に行ってきました。
私はまず、ひとりで奈良公園へ。
鹿さんたちに遭遇し、鹿せんべいをあげまくって、この日は終了。
それにしても、こんな大きな動物が公園内を好きなように歩いているのは、衝撃の光景でした。
あまりコミュニケーションは取ってもらえず、一方的にぐいぐいと鹿せんべいを食べられっぱなしでしたが、それでも面白くて夢中になりました。
鹿は夜はどこで寝ているんだろう。
次の日の朝行った春日大社の手水舎も鹿で、神様の使いとして大事にされていることがわかります。
春日大社は清々しい気に満ちた、明るい感じの神社でした。
午後は友人たちと合流し、ならまちをぶらぶら歩いたり、念願の興福寺や東大寺へ。
東大寺は小学校の修学旅行以来でしたが、大仏さまは相変わらず立派で、包容力に満ちていました。
柱の鼻の穴は、今の体型じゃ、もう通れませんが(汗)
興福寺~次の日の薬師寺~唐招提寺と、国宝、重要文化財のオンパレードで、まあ、あるわあるわ、とにかく古い建物や仏像は尽きない。
博物館で丁寧に展示されている仏像も良いのですが、現地で見るとまた格別です。
海外に遠征中でお留守の仏像もいらっしゃいました。
奈良は歴史が古い。
3日間とにかく歩き回りまして、へとへとになりましたが、それでも楽しい旅でした。
それにしても、後で写真を整理したら、鹿の写真ばかり撮っていた私です。
昨晩は12月25日の第九の初稽古でした。
第九は合唱で歌ったことがあるけれど、ソプラノソロは初めて。
以前から是非やってみたかった演目です。
自分ひとりでは何回も練習したつもりでしたが、他のソリストさんと合わせたり、合唱の皆さんが入ると、ドキドキしてしまいました。
ああ、強気な性格になりたい・・・。
どんな合わせもそうですが、初回の稽古が一番緊張する。
指揮者がどのくらいのペースで振りたいのか、他のソリストがどんな歌を歌うのか、他の楽器はどんな感じなのか、頭の中でどんなにシミュレーションしても、現場に行ってみないとわからないからです。
第九のソロは、歌うところは少ないのに、歌ってみると難しいし。
でも、初めてのことは楽しい。
現場に行ってみないとわからない、ということは、裏を返せば、どんな音楽になるかも組み合わせによって毎回違うということ。
ワクワクする点でもあります!
音楽の面白いところ。
合唱の皆さんは、人数は多くはないけれど、とても上手で、私も頑張らなきゃと思いました。
次の練習は、本番直前のオケ合わせ。
それまで熟成。
土曜日は、着付け教室のチケットの残りで、水引細工の講座に参加してきました。
この日はクリスマスリースを作りました。
作りました・・・といっても、土台の白い輪っかは既に出来ているので、これに飾り付けをするのです。
まず、「水引を5本選んでください」ということでした。
3~5本を使って「あわじ結び」というのを作り、それにひと手間かけて「梅結び」にします。
私は初心者なので、まず3本で作りました。
細い紐なので、ちょっと油断すると水引の順番が入れ替わってしまい、ぐだぐだになるので要注意です。
1個目がなかなか良く出来たので、調子に乗って水引を4本にしてみたら、急に難度が上がりました。
水引の本数が多くなるほど難しいのです。
大きな鶴や鳳凰なんかを作ったりする、金沢の水引伝統工芸のすごさがわかります。
試行錯誤の結果、小さな梅結びがどうにか3個できました(汗)
ここで、時間が無くなってきたので、他のアクセサリーパーツを適当に選び、グルーガン(ドライヤーのような形をしているが、風じゃなくて熱い接着剤が出てきて、冷えると固まる)を使ってどんどんくっ付けて、一気に仕上げました。
グルーガンを使うのも初めて。
不安定な場所のパーツも固まるので、珍しくて夢中になりました(笑)
1本の紐が形になっていく水引細工には、不思議な魅力があります。
ハマるとこれも奥が深そうな世界でした。
11月9日は、千歳烏山の妙壽寺に「一之輔落語×竹灯籠能『羽衣』」を観に行ってきました。
世田谷区の千歳烏山には「寺町」と呼ばれる仏教寺院の立ち並ぶ一帯があり、都心とは思えない静寂な空気に包まれています。
訪れてみるまで、全く知りませんでした。
演劇雑誌でたまたま目に留まった公演でしたが、毎年来ている人も多いらしく、本堂の中は満席!
春風亭一之輔師匠は、さすがに当代人気の落語家さんだけあって、話も面白いし、本編に入る前の「まくら」も面白い。日常のネタが巧みに盛り込まれていて、現代の落語、という感じ。
話し始めると空気ががらりと変わるようなオーラがあり、どんどん引き込まれていきました。
前座の方(お弟子さん)が「子ほめ」、一之輔師匠が「二人癖」「天災」だったのではないかと思う。
そのあと、お寺のご住職と一之輔師匠、能楽師の浅見氏の3人による座談会(雑談会?)。
後半は、代々木果迢会の竹灯籠能。
日が落ちて、本堂の周りがだんだんと暗くなってくる中、舞台を囲むように置かれた竹灯籠にロウソクが灯され、お能が始まりました。
天女は、白い衣装でたいへん厚着でしたが、水浴びをしている設定なので、これが何も身に着けていないということなのでしょう。豪華な赤っぽい衣装が羽衣のようで、三保の松原を象徴した盆栽のような松の木にかけられています。
羽衣を手に入れた善良な漁師とのやり取りが厳かに行われ、天女は割とすぐに羽衣を返してもらえて、無事に天に帰っていきました。
能は昔話と違い、漁師と夫婦になって何年も暮さなくてもOK。
めでたし、めでたし。
外に出ると、天女が帰った空には月。
お寺の門まで竹灯籠が灯されており、幻想的な光景でした。
舞台の竹灯籠をお土産にもらえたので、持って帰って灯してみました。
先週末は四国で用事があったので、足を延ばして、大歩危~祖谷に行ってきました。
なんて読むの?とよく聞かれますが、大歩危→「おおぼけ」、祖谷→「いや」です。
似てるけど、世田谷の祖師谷(そしがや)じゃないよ!
山の中を流れるエメラルドグリーンの吉野川は、本当に綺麗で感動。
子どもの頃から大好きな川の上流に、初めて来ました!
癒される。
いつまでも見ていられる・・・。
この日泊ったのは、昭和な感じの民宿のような旅館。
お風呂もトイレも共同で、おかみさんやお手伝いの方はフレンドリーで、親戚のおばさんちに遊びに来たみたい。
食材は、地元で獲れたアメゴの煮付、祖谷豆腐、さしみこんにゃく、阿波牛、山芋など。
素朴だけど、美味しかったです。
そして、夜聞こえるのは、祖谷川(吉野川水系)の音と、遠くで鳴いている鹿の声。
懐かしいような、哀しいような、温かいような、不思議な気持ちに包まれて眠りました。
かずら橋は、夜の散歩(真っ暗)と朝の散歩(早い時間は空いてます)で「観に」行きましたが、怖かったので、渡ってません(笑)
(※夜は元々渡ることができません)
感想を伝えられなくてすみません!
足元がどのくらいスカスカなのか見ようと、長時間ウロウロしていたら、観光客に「監視員の方ですか?」と間違えられてしまいました~(汗)
かずら橋は、3年に1度は架け替えられ、現在はワイヤー入りとなり、昔より足元の隙間は少なく、揺れも少なくなったそうなので、行く人は是非とも渡ってみてください!
そのあと「琵琶の滝」、ひらがなの「ひ」に見える「ひの字渓谷」、こんなところで危ないでしょ、の「小便小僧」と回って、大歩危に戻りました。
駅から徒歩30分くらいのところから出ている「大歩危峡観光遊覧船」。
救命胴衣を着せられるので、ちょっと物々しいですが、左右の切り立った岩山に地球の歴史を感じながら、30分ほどのゆったりとした船旅を楽しむことができました。
回り切れていないところが多い。
この次来ることがあったら、奥祖谷のほうにも行ってみたいです。
昨晩は、上野の奏楽堂で、現代歌曲のコンサートでした。
服部先生作曲の「恋歌~ソプラノとクラリネットのために~」を歌わせていただきました。
日中からお天気はもうひとつで、雨の中お越しいただいたお客様には感謝です。
由緒あるホールで、お客様を前に、ドレスを着て歌う本番は、背筋が伸びる思いでした。
難しい曲でしたが、私なりに精一杯歌えたんじゃないかな、と思います。
台風の余波などで参加できない方々もおられましたので、「舞台に乗って表現できた」ということだけでも、本当に有難いことです。
普段は、本番に乗れることを当たり前のように思っていますけれど、それは実は貴重なことなんだな、とつくづく思いました。
リハーサルと本番の間に美容院にセットに行きました。後ろ姿を(オペラじゃないので)お客様に見せる機会がなかったので、ここに載せておきます(笑)
ドレスは昔、着物を改造して作ってもらったドレス。
こういう曲のときは重宝しています。
クラリネットの三摩さんも岐阜からいらしていて、一緒にできて本当に良かった。
次は第九。
それにしても、19号はすごい台風でした。
11日夕方のデパ地下は、まるで年末のような大混雑で、身動き取れず。
しかも、パンが全然なかった・・・。
水も火も使わないし、何日も持つし、冷凍もできますもんね。
野菜もほとんどありませんでした。
台風当日の12日は、夕方に向かって雨風がどんどん強くなり、ハラハラし通しの一日でした。途中で地震は起きるし。
住んでいる地区に避難勧告まで出たのは初めてです。すでに暗く、外に出るほうが危なそうだったので避難はしませんでしたが、不安な時間を過ごしました。
非常持ち出し袋の中身を確認すると、乾パンの賞味期限は何年も前に切れているわ、携帯が充電できる手回しラジオは今のスマホと合わないわ、で使える物が異常に少ない・・・。
何を持って行くのが正解なのかわからないまま、家でうろうろすることに。
後でTwitterやSNSを読むと、避難所に持って行って便利だった物をまとめている人がいて、感心すると同時に反省しました。
いつもいろいろと便利に生活させてもらっているんだなあ、と感謝です。
今日はこれから準備して、上野でコンサートの本番です。
こういう日常は有難いことなのだ、と思います。
昨晩は、10月17日のコンサート用の合わせがありました。
私が歌う曲は「恋歌~ソプラノとクラリネットのために~」という曲で、詩は「古今和歌集」から「よみ人しらず」の詩が3編、作曲は服部和彦先生です。
☆ひとしれず思えばくるし紅の すえつむ花の色にいでなん
☆紅のはつ花ぞめの色ふかく 思ひしこころ われわすれめや
☆恋しさにわびて魂まどいなば むなしき骸の 名にやのこらん
・・・なんと情感豊かな日本語の世界!
ご一緒するクラリネットの三摩恵里さんは岐阜の方で、とても素敵な音色。
この合わせのために遠くからいらしてくださっています。
心に染み入るような深い音色は、どこか和楽器のようでもあり、二人で演奏していると、時を超え平安時代にタイムスリップしているような気がします。
服部先生の曲は、音も、曲想も、難しいものですが、どうにか歌えるようになると、この世界観をもっと表現したくなります。
不思議な幽玄の世界が上手く伝えられると良いのですが。
合わせの回数は2回でしたが、個人的にはかなり頑張って練習しました(笑)
ホールで歌うとどんな感じになるでしょうか。
また奏楽堂で歌えるのは、楽しみです。
今日は消費税8%の最後の日。
明日からは、洋服も楽譜も化粧品も薬もゴミ袋も、消費税10%になるのだ。
平成最後の日とは、また違った最終日感。
最近また些細なことでくよくよすることが多くなって煮詰まり気味の私は、とてつもなく大きなことに触れたくなり、渋谷のプラネタリウムに行ってきました。
「本間希樹と永田美絵 ブラックホールを語る!」
国立天文台の本間希樹先生と、プラネタリウムの解説員の永田さんという、素晴らしいコンビだった。
一夜限りの特別プログラムである。
本間先生のお姿は、4月にブラックホールの撮影が全世界的なニュースになったとき、何度もテレビで拝見した。
今日はついに、ついに生の本間先生が、間近で!
先生がプラネタリウムの周りをぐるりと回って登場すると、大拍手。
気さくに講義を進めていく。
解説員の永田さんの声も優しくてわかりやすくて、これがまた良いのだ。
プラネタリウムで観る星空は実際の空ではないけれど、吸い込まれそうな満天の星はやはり素晴らしくて、静かに、深く感動した。
スマホやパソコンを見ることばかりが多い日常だけど、ときどき空を見上げることは人間には必要なんだと思った。
ブラックホールの話はただただスケールが大きくて、私にとっては現実感もなかったのだけれど、「会場皆が同じ空間と時間を共有して、宇宙のことだけを考えている」というシチュエーションが、なんだかとても良かったのだった。
信じられないかもしれないが、実はシンプルな部屋に憧れている。
それなのに、現実の生活にはいろいろなモノが溢れている。
部屋が整理できていない人は、頭の中も整理できていないらしいので、そうだとしたら困ったものだと思う。
ちょうど2年前、徳島の古い家を片付けた。
何十年も親族が住んだ一軒家(+α)を空っぽにするのは、予想をはるかに超えて大変だった。
もう一回やれと言われても、できないかもしれない。
モノを通して一族の思い出と真剣に向き合った日々は貴重だったけれど。
判断がつかなかったモノは東京に送ったので、段ボールが部屋を占領している。
2年間、段ボールを開ける気力も無かった。
なぜか最近、ようやく片付けようかという気持ちになり、少しずつ断捨離を始めている。
陶器類の断捨離は進んだものの・・・部屋の見た目はあまり変わらない。
やはり大きなものを捨てないとダメだ。
モチベーションが上がらない。
そう思った私は、もともとリビングにあったダイニングテーブルや、コタツや、重いほうのスーツケースを捨てた。
無ければ無いでどうにかなるものだ。
このスーツケースはちょっと迷った。
一緒に海外に行ったこともある。
モロッコやトルコ、ベトナム。
写真や思い出が残っているからそれで良いとして、スーツケースとはお別れすることにした。
必要なものだけを残し、大切にして、生きていかねば。
目黒雅叙園の「和のあかり×百段階段」に行ってきました。
百段階段のイベントは季節ごとにいろいろあるけれど、私はこの「和のあかり」展が一番好き。
まず、最初の部屋は「十畝の間」。
目の覚めるようなコバルトブルーを背景に、繊細な細工を施された竹あかりが黄金に輝いている。それは仏像を見ているようでもあり、また都会の夜景を見ているようでもあって、不思議な感覚に包まれました。
最初の部屋から、すっかりノックアウトされてしまいました。
次の「漁樵の間」では、真っ赤なランタンフェスティバル。
豪華絢爛な部屋を、鯉や龍が幻想的に泳いでいて、まるで竜宮城のよう・・・。
こういうお祭りが催されるという長崎の冬に、是非とも行ってみたいものです。
次の部屋は「和傘」を使ったあかり。
和傘の色が塗の床にも反射して、部屋中に花が咲いたようです。
この色彩はどこかで見たことがあるなと思っていたら、夏の朝に咲いている朝顔にも似ていました。
昨年私が大注目していた、階段に寝かされていたこけしたち・・・は今年は無かった・・・。
「こけしスイーツ」として展示にはあったので、その中で一番気に入ったものを写真に収めました。
お誕生日ケーキです。
今年は、部屋いっぱい使うような、大掛かりな展示が多かったような気がします。
全部屋撮影OKな上に、インスタ映えするような美しいスポットが満載なので、みんな写真を撮りまくっていました。
浴衣女子もちらほら居て、見ているだけで嬉しい。暑いけれど着物でも出掛けられるこういうイベントに、若い人も参加してほしいなと思う。
日曜日は日がな一日、食器の片付けをしていました。
2年前に徳島から持ってきた古い食器と、うちにある食器を、見比べて選別。
同じ種類のものは、どちらか片方のシリーズだけを残す。
古い食器というのは、なかなか貰い手がない。
新品でも、使わずに押入れで眠っていた食器類もあって、こういうのも貰い手がない。
伯母や母は「もったいないから」と言って、取ってあったのに。
なんだか悲しくなる。
リサイクル場に寄付したり、業者に廃棄してもらったりした後、使えそうな物だけを東京に送ってきた。
それでもこの2年間に使った物は、限られている。
「使わなかったものは棄てるんだ!」と決心してスタートしたのだが、全部は無理だった・・・。
昭和の食器はそれなりに味がある。
どうにかこうにか30リットルのゴミ袋で2つ分を処分した結果、段ボールがひとつ減り、食器棚はちょっとだけすっきりしました。
藍色の和風のお皿は残してみた。
これから使おう。
お盆前に四国に帰り、今回は久々に高松にも行きました。
高校の同級生たちと会って、新鮮な海の幸をいただき、懐かしい商店街を歩きました。
一時期、高松の商店街はさみしくなりかけていたのですが、今回行ったら、また活気が戻ってきているような気がしました。
その日は海の近くに泊り、翌朝は散歩しました。
今ちょうど、瀬戸内国際芸術祭の夏シーズン。
島に渡ろうとする人々が、島ごとに列を作って、船を待っているのが見えました。
直島行きのフェリーは、草間彌生さんの作品をモチーフにした水玉模様。
豊島では塩田千春さんの新作が進行中らしい。
私も島に行きたい!島で遊びたい!
・・・と激しく思いましたが、台風前には東京に戻りたかったのと、仕事がありました。
瀬戸内の海はキラキラ光っていて、それを見ているだけで幸せな気分になり、随分と癒されました。
屋島も見える。
私は、こんなにも、海の近くの街で過ごした時期があったのだなあ。
飯田橋をさまよっていたら、ナチュラルローソンがあり、暑さに負けてふらふらと中に入ったら、偶然にも徳島のアンテナショップが併設されていました。
何故か、石川啄木の「ふるさとの訛なつかし停車場の~~」ていう短歌を思い出したりして。
「停車場」は駅のことだけど、現代なら都道府県のアンテナショップ・・・かな。
調べると、ナチュラルローソン飯田橋三丁目店は、平成25年から徳島県の東京支部アンテナショップなのだそうだ。
全然知らなかった。
自分の生まれ育った故郷のモノに触れると、元気が出る、というだけでなく、現地の食材を手軽に調達できるのがありがたい。
今回は徳島のソウルフード「大野海苔」が買えた。
「大野海苔」は、味付け海苔の中でも濃い目の甘辛い味つけで、海苔自体もかなりしっかりしている。
どこの海苔も同じようなものかと思っていたけれど、旅館等で通常出される味付け海苔はもっと薄くて上品なので驚いたことがある。
かさばるので、徳島からはあまり買ってこられないのだけれど、飯田橋なら近いし(笑)
他のものにも挑戦。
子どものころには無かった物産品もあって面白い。
「オペラ夏の祭典」で、東京文化⇒新国立⇒びわ湖⇒札幌と回っている『トゥーランドット』。
現在は札幌を残すのみ。
私は新国立劇場の初日を観に行きました。
どのキャストも安定の素晴らしさでしたが、中でもトゥーランドット姫役のイレーネ・テオリンは、ドラマティックなのに弱音が手元まで飛んできて、アリア「この宮殿の中で」がスタートした瞬間、心を奪われました。さすがワーグナー歌手、スタミナが違います。空間全体に波動が伝わる素晴らしい演奏でした。
リュー役の中村恵理さんも健気な感じが良く出ており、リューはソプラノ・リリコにとっておいしい役だなと思いました。
演出については、現代演出というか、随所に読み替えがあっただけでなく、演出家独自の解釈もあったので、これは賛否両論あるだろうな~と思いながら観ていました。
しかも、私は幕切れ直前でぼーっとしていたため、ちょっと見逃してしまったところがあり、残念無念。
今回観た、無彩色のダンジョンのような美術セットも新鮮で見ごたえがありましたが、ゼッフィレッリの豪華絢爛な舞台や、チャン・イーモウの紫禁城版も忘れられず、もう一度DVDで観てみようかな、と思っているところです。
そして、毎回思うのですが、トゥーランドット姫のなぞなぞクイズは、王子の命がかかっている重要課題なのにも係わらず、正解を聞いても全然すっきりしない。そのうえ3問正解されても結婚を渋ったりして。カラフもカラフで、「明朝までに私の名前を当てられたら命を差し出そう」って延長戦に持ち込むのです。
「じゃあ一体何のためのなぞなぞだったんだよ!」と思ってしまう。
毎回そう思いつつも、プッチーニの壮大な音楽と、キャストの圧倒的な声にやられてしまい、「まあいいか」ということになるのですが(笑)
昔はネット配信なんて無かったわけですから、イタリアに居ながらにして、プッチーニはなぜ「中国な感じ」が出せたのだろう。
途中まで作曲して亡くなったプッチーニですが、最後はどうしたかったんでしょうね・・・。
土曜日は、高校の同窓会に出掛けてきました。
元号が令和になって初めての玉翠会。
携帯のバッテリーが切れていて、現場の写真を一枚も撮れないという・・・。
総会はいつもどおりに終了し、二次会へ。
ニューヨークスタイル(?)のお洒落なお店を、幹事さんが取ってくれていました。ジャズボーカルのお姉さんがバースディソングを歌ってくれたりするお店で、カップル率高し!
おじさんおばさんが大挙して押しかけて、申し訳ない(笑)
帰りは、同じ方向に乗るはずの同級生たちが、なぜか山手線の逆方向に乗っていくのを発見。
これは、どちらが間違っているのだろうか、指摘をするべきだろうか、いやあの人たちはもう一軒行くのかもしれないし、などとワインが回った頭で考えながら帰宅。
「また来年」と手を振った。
「また明日」と手を振っていた高校時代は遠い昔になったのだなあ。
是非とも行ってみたいと思っていた、塩田千春さんの個展「魂がふるえる」(2019年6月20日~10月27日)に行ってきました。
入り口からして、ふわふわした羽のような舟《どこへ向かって》に誘われて、わくわく。
赤い毛糸が毛細血管のように張り巡らされ、ずっとそこにいると、身体の中にいるようにも外にいるようにも感じられる《不確かな旅》。
焼かれたピアノが、観客席と無数の細く黒いリボンで繋がっていて、それが煤のようにも、立ち上る音のようにも見える《静けさの中で》。
天井から赤いロープで吊るされたスーツケースだけが川の流れのように旅をしている《集積-目的地を求めて》。
森美術館の広い空間を利用した、これらの大きなインスタレーションは圧倒的です。その他の小さな展示も凝っていて、独自の世界観を放っていました。
撮影禁止エリアには、舞台美術に関する展示もあり、塩田千春さんがワーグナー作品のオペラなどの舞台美術も手掛けていることを知りました。
なるほど、と腑に落ちたような気がしました。
なんとも言えない不安感、不協和音、それらが記憶を呼び覚ます、なおかつスケールの大きな作品、ぴったりかも。
それにしても、夢に出て来そうです。
6月23日、オペラ『フィガロの結婚』おかげさまで無事に公演できました!
関わってくださった全ての人にありがとうが言いたいです。
稽古時間が足りな~い。
モーツァルトのオペラは場面が多すぎる~。
仕上がらないんじゃないかと心配しましたが、6月2日に通し稽古の洗礼を受けてからは、全員のエネルギーが一気に加速していったような気がします。
音楽大学もオペラ研修所も出ないでやってきた私は、今回ほとんど初めて『フィガロの結婚』を全幕勉強することになりました。
これは試練なのか、それとも恩恵なのでしょうか・・・。
暗譜も、演技も、事務作業も、スケジュール管理も大変でした(汗)
最後の2週間くらいは「とにかく、本番の日に、全員が元気で揃いますように」と神様に毎日祈るような気持ちでした。
終わってみると、良い経験になり、終わってしまうのが寂しかった・・・。
あのアンサンブル漬けの日々。
今日もまだ、フィガロロスです(涙)
「伯爵夫人はとても合っている」と言われまして、頑張ってやって良かったな~としみじみ思います。
機会があれば、またやってみたいです。
「他のキャストの方たちも役柄に合っていた」とも言われまして、プロデューサー冥利(?)に尽きるなあと。
モーツァルトは苦手かな、とずっと思っていたのですが、結構好きになりました。
そういえば、子どもの頃、存命中の父と一緒に観た最初で最後のオペラが『フィガロの結婚』だったと思います。
亡き父も応援してくれていますかね。
母の日の直前、ダイソーに買い出しに行きました。
目的は、この時期豊富になるカーネーション(の造花)。
ああ、こんなに良く出来たものが1本108円で手に入るなんて!
最近の百均ってすごいわ~。
『フィガロの結婚』の、ある場面に出てくる小道具に使う予定です。
有名なオペラだけど、やってみると本当に難しく、そしていろんな発見がある。
今まで適当に観ていたんだなあと、思い知らされる今日この頃です。
人によっては長かったゴールデンウィーク。
私は、今度こそやろうと思っていた断捨離もできず、『フィガロの結婚』の暗譜も間に合わず、結局休みが明けてしまいました(悲)
そんな中、一日だけ日帰りで栃木に行ってきました!
初、栃木!(たぶん)
以前から行ってみたかった「あしかがフラワーパーク」。
都内からだと電車を乗り継ぐこと2時間半。
時間はそこそこかかりますが、新しい駅がすぐそばに出来たので、車を運転しない人でも気軽に行くことができます。
連休のど真ん中。
めちゃくちゃ混んでいて、通路はお正月の川崎大師のようでした。
しかし、お花のほうも最盛期で、めちゃくちゃ綺麗でした!!
園内は広くて、藤の花も分散しているので、混んでいても動けないということはなく、2時間くらいで回ることができました。
入園料は、お花の咲き具合で決定するらしく、行った日は最高額(昼~1,800円、夜~1,500円)。
それにしても、一日でこんなにたくさんの藤の花を観たのは初めてです。
色も長さも種類があって、藤棚から垂れ下がって揺れているのも素敵でしたが、大きなスクリーンに立てかけられて夕映えを背景にしているのも、絵画のようでした。
水面に映る紫の藤は、写真写りまで考えられている。
よく手入れしてあるなあ、と感心しました。
今回は夜のライトアップも観たかったので、夕方入園して、暗くなるまで居ました。
白藤のライトアップも幻想的。
わざわざ来て、良かった。
そして、写真ではわからないのが、藤の花の香り。
藤の花の香りについて今まで気に留めたことはなかったのですが、こんなにも香りがするんだと驚きました。上品な草のような、というか、うまく表現できない優しい香りです。
ツツジやシャクナゲも鮮やかで、他の花も可憐な姿を見せていて、充分楽しめました。
この次、足利に来ることがあったら、鑁阿寺(ばんなじ)のほうも回ってみたいかな。
令和初日は、白金高輪のホールで森朱美先生のコンサートでした。
私は着物を着て、お花を携えて、聴きに行ってまいりました!
「あなたに捧げる日本の歌」というコンサートで、九人の方が歌われました。
出演者の方々は、単に上手いだけでなく、それぞれ自分の世界観を確立して表現されていたので、とても聴き応えがあり、勉強になりました。
曲の解説は、全てピアノの高木由雅さんがなさっていたのですが、これがまたわかりやすく、面白い!
日本歌曲の良さを再認識!
まるで、2回目のお正月が来たみたいな、5月1日。
演奏会の後も、お祝いムードの中、ピザ屋で乾杯。
今年も母校の園遊会に行ってきました。
昨年は、自己流でテキトーに着物を着て行ったのだった・・・。
そして西荻窪の駅で、スーツケースを足の指に落として、骨折したのだった・・・。
あれから一年。
『蝶々夫人』の本番は終わり、骨折は治り、着物は着られるようになりました(笑)
一年て早いけれど、それなりになんだかんだあったわけです。
校内に咲く可憐な花々を眺めながら同窓会館に向かい、今年は『フィガロの結婚』のチラシを置かせていただきました。
帰りは、友人と記憶をたどりながら吉祥寺まで歩き、路地裏にあるカフェへ。
吉祥寺も古くからのお店はホントに少なくなったなぁ、とちょっとさみしい。
こういうときは、わざわざレトロな店を選んでしまうのであった。
ひとりじゃ来なかったと思うので、誘ってくれた友人に感謝。
6月23日の『フィガロの結婚』のチラシが出来上がってきました!
私がデザインしたものなので、中身はわかっているのだけれど。
それでも、こうやって印刷物で出来上がってくると、嬉しいし、開ける時はわくわくする。
先週末、大切な任務があって、徳島に行ってきました。
最近増えているという「墓じまい」。
これは諸事情によって管理しきれなくなったお墓を整理して、永代供養にするというものです。
大阪に住む従姉が取り仕切ってくれましたので、私は何も心配せずに参列することができました。
お墓の中の人たちにとっては「お引越し」なので、吉日にするみたい。
お天気が良くて、本当に良かった!
(雨天延期だと言われていました。東京から行く私は、雨が降ったらどうしようかと思っていましたよ・・・)
段取りとしては、まず住職によるお墓の閉眼供養(魂抜き)があり、業者さん協力のもとお墓から遺骨の取り出し。
その後、中の人たちは、お寺の裏にある納骨堂に安置されました。
そして再び住職による読経。
こうやって書くとたった数行ですが、ここに至るまでに従姉には大変な手間と葛藤があったのだと思います。
「墓じまい」って、ご先祖様と縁が切れちゃうようで寂しいことかと思っていたけれど、必ずしもそういうわけではなくて、これからはこの納骨堂にお参りすれば良いらしい。
今まで責任を持ってお墓を守ってきた従姉は、肩の荷が下りたようでした。
1時間くらいしてお墓に行ってみると、業者さんによってお墓はすでに解体・撤去されていて、基礎の部分だけになっており、なんだかあっけなかった・・・。
前日に、祖母(父方)は実は養女としてこの家に来た、という事実を知らされました。
祖父母ともに、それより前の人たちとは血のつながりはないが家を守ってきたこと、そして祖母の実家のことも聞かされ、ちょっと歴史を調べてみようかなという気になっている。
来週から「令和」が始まるけれど、江戸時代や明治時代はそれほど遠い昔のことではない、と思うのだった・・・。
なんだかんだで、今年はちゃんと花見ができていなかった。
そんな中、昨晩は「本格ミステリー作家・島田荘司先生と一緒に桜と音楽を楽しむ会」でした!
いきなりの花見が、暗闇の上野公園で、初めて会った人たちと一緒。
ハードルが高すぎるのではないかと思っていたが、そうでもなかった。
上野公園の桜は、ここ数日の寒さのせいか、雨にも負けず風にも負けず残っていて、空に浮かぶ三日月とともに、春の宵の風情を充分感じることができたのでした。
不忍池の脇を通って、東天紅でお食事。
初めて行きましたが、美味しかった。
昨日の会は、村松繁紀さんの仕切りだった。
村松さんは、今年6月23日の『フィガロの結婚』で伯爵役をやってくださることになっている。私はそのご縁で参加したのだけれど、村松さんの「さりげないのに見事な仕切り」によって、順調に会が進んだのであった。
参加している方々も、著述業、音楽関係、研究者、ビジネスマン・・・と実に様々な人脈。
地方から参加したという、島田荘司先生の大ファンだという人にもお会いした。
私は島田先生の著作を読んだことがなかったけれど、それは秘密にして、この次までには読んで語り合いたいと誓うのであった。
お彼岸に入る前のことですが、池袋のサンシャイン水族館に行ってきました。
夜間のイベントだったので、残念ながら空飛ぶペンギン(展示の仕方でそういうふうに見えるらしい)・・・は見られなかったのですが、それでも楽しい生き物たちにたくさん会えました。
お気に入りは、「ミズクラゲ」と「ヒョウモンオトメエイ」。
「ミズクラゲ」は、ふわーーっと浮いていて、半透明のゼラチン質の身体が、ひらひらと形を変える。見ているうちに、だんだん頭の中が空っぽになってきて、いつまでも見ていられる気がしました。
「ふわりうむ」っていう、クラゲを集めてある展示のところにいました。
「ヒョウモンオトメエイ」は、なんといっても模様がすてき。水槽の底にぴったりと貼り付いている姿はゴージャスで、美しい敷物のよう。動いていないように見えるのだけれど、少しずつ移動しているのでした。
それから、名前は忘れちゃったけれど、水辺にいる小さな恐竜みたいなやつが、つぶらな瞳でずっとこちらを見ていました。両生類(?)とこんなに気持ちが通じ合えたのは、久しぶりな気がする・・・。
他にも、ピチピチしたイワシの群れや、なぜか等間隔に浮いている魚や、色鮮やかな熱帯魚、などなど・・・紹介しきれないのが残念。
水族館に来たのは何十年ぶりだろう。
かなり癒される空間かも。
お彼岸には徳島に帰り、母方の祖母の50回忌の法要をしてきました。
50年近く経った今でも、こうやって供養ができるということは、むしろおめでたいことなんじゃないか。法事だけど!
一昨年、祖父母の住んでいた家も解体しましたので、その区切りということもありました。
今回はどうしても着物で法要がしたかったので、重いのを承知で持っていきました。
着物は、持つより着ていったほうがだんぜん軽いのに(笑)
万筋(細い縦縞)の江戸小紋で、遠くから見るとグレーベージュの色無地のように見えます。
帯は、母が作ってくれた喪服用の黒帯を、修理して使用。
黒の帯締めは古くなっていたので、新しいのを京都の井澤屋さんで買ってから行きました。
お寺の本堂で住職の読経を聞いていると、バタバタした日常を忘れて、とても静かな気持ちになりました。
徳島はまだ桜が咲いていなかった。
途中で雨も降って、少し寒かったけれど、とても良いお彼岸になりました。
ひと区切りついた事案があり、静かに一人で乾杯しました。
渋谷のヒカリエの上にある「dd47食堂」にて、高知定食。
せっかくなので、日本酒も高知の「酔鯨」にしてみました。
盛り付けは上品でスタイリッシュ。
渋谷だからか。
dd47食堂では、47都道府県の「食」がテーマになっていて、四季折々の定食を食べることができます。
自分が住んだところ、行ったことのある県には、やはり親近感がわく。
材料も現地から取り寄せたりと吟味しているようで、丁寧に作ってあると思う。
せっかく来たので、久々に9階にも上ってみた!
眼下に広がる渋谷の街は、次々と新しい施設ができ、様子が変わり、電車の出入り口も変わり、そしていつも工事中(笑)
この工事が終わるのはいつごろなのだろう。
私はそのころ何をしているのだろう。
久々に、メトロポリタン・オペラのライブ・ビューイングに行ってきました。
『アドリアーナ・ルクヴルール』は他の劇場では先週で終わっちゃってるんだけど、東銀座の東劇だけは3/7までやっていた。
この演目はどうしても観たかった~。
やってて良かった~。
どのキャストも良かったけれど、特に、主役のアンナ・ネトレプコと、恋敵のブイヨン公妃役のアニータ・ラチヴェリシュヴィリが素晴らしすぎた!
11月に『アイーダ』を観たときも思ったんですが、ネトレプコと敵対するメゾ役ができる人って限られるのではないかと思う。
ネトレプコは本当にすごかった。ドラマティックなこの役はぴったりだと思った。
マウリツィオ役は、なんでも歌えちゃうピョートル・ベチャワだった。
マウリツィオ君は、結果的に二股かけた感じになっているダメダメなテノールキャラで、それをベチャワがいい感じに演じていた。
『アドリアーナ・ルクヴルール』はマイナーなオペラみたいで、あまり上演されないけれど、私は結構好き。
もっとやったら良いのに。
幕間のインタビューで誰かが言っていたように、アドリアーナは大スターがやらないと様にならないみたい。メトでも、レナータ・テバルディやモンセラート・カバリエ、ミレッラ・フレーニなど、そうそうたるプリマドンナがこの役を演じているそうです。
今回のはドラマ感が半端なく、「オペラを観たな~(嬉)」っていう興奮と充実感で、帰りの雨も気にならなかった。
3月3日は、市谷柳町にある加賀町ホールで試演会でした。
今回の試演会の目的は2つあって。
ひとつは、6月のオペラに向けて『フィガロの結婚』の2幕と4幕のフィナーレ部分を演奏会形式でかけてみること。
これだけでも、40分もあるんです!
もうひとつは、勉強中の重唱をお客様の前で演奏し、聴いていただくこと。
出演メンバーが思い思いの重唱を持ち寄って披露しました。
私は『フィガロの結婚』では伯爵夫人のパートを、重唱では『ルクレツィア・ボルジア』のドン・アルフォンソ(バス)との二重唱、『アイーダ』のアモナズロ(バリトン)との二重唱をさせていただきました。
モーツァルトからベルカント、そしてヴェルディ後期へ。
モーツァルトのオペラはあまり経験がなく、苦手意識があったのだけど、だいぶ歌えるようになってきたかなあ。
でもリズムに乗り遅れたりして(困)、まだのびのび歌えていない気がします(汗)
しかも楽譜(ベーレンライター版)が重すぎ、譜面台がグラグラするので、手で押さえながら歌う羽目に。
早く暗譜しなくちゃ・・・。
重唱の2曲は初披露でしたが、どちらも好きな曲で、全力投球で歌わせていただきました!
加賀町ホールは、試演会で使うにはもったいないようなホールで、響きも雰囲気もとても良いので、また別の本番でお願いしてみたいです。
裏方や場内アナウンスもやったので、バタバタしていたら、写真を撮り忘れました・・・。
顔見たら、つけまつげも忘れてた!(笑)
・・・というわけで、この日に着ていたドレスと、手元のプログラムの写真を。
昨日は、清澄白河の深川江戸資料館で「野崎紀さんを偲ぶコンサート」でした。
一昨日もリハーサルで行ったので、2日連続で清澄白河。
思い出を少しばかり。
野崎さんは、若い頃は官庁の仕事で海外赴任もされた切れ者と聞いていましたが、私が知り合ったときは既に70代。
切れ者で怖いといった印象は全くなく、歌好きで、超博識のご尊老であった。
本場のオペラをたくさん観られたせいか、難曲にもひるまずチャレンジされていたように思う。
2015年秋にはご自身の傘寿のコンサートをご自身で企画。
それは3時間以上にも及ぶ長大なコンサートで、ドイツリートやらフランス歌曲やらオペラの重唱やら、とにかくやりたい曲は全部やった感じの、超盛りだくさんなコンサートであった。
その時私は『イル・トロヴァトーレ』の重唱でご指名を受けたので、一緒に歌わせていただいた。
ご家族の話だと、「米寿にもまたやりたい」とおっしゃっていたようだが、それは叶わなかったわけである。
でも、とても充実した、力強い人生を生き抜いた方だと思う。
若輩者の私が言うのもなんだけど。
昨日のコンサートは、野崎さんのたくさんの音楽仲間が集まり、演奏し、献花ならぬ献歌が行われたと言える。
私も、イタリア歌曲と『イル・トロヴァトーレ』の「穏やかな夜」を歌わせていただきました。
野崎さんはヴェルディのオペラも好きだったから。
最後は『魔笛』のコーラス、『ナブッコ』の「行けわが想いよ黄金の翼に乗って」を全員で大合唱。
素敵な一周忌コンサートだった。
先日、目黒雅叙園の百段雛まつりに行ってきました。
今年の「ひな紀行」は、青森・秋田・山形。
「ひな紀行」は今回で10回目ということですが、やっと来ることができました。
藩主や旧家が所有していたというお雛様は、伝統文様や家紋などの入った特注品。
どれも手が込んでいて、小さなものは繊細で、大きなものは迫力があります。
撮影は基本的にNGでしたが、「漁樵の間」の山形のお雛様だけは撮影OK。
つるし雛は、五穀豊穣や子孫繫栄の願いを込めた細工物がたくさん吊り下げられていて、かわいらしい。ひとつひとつ見ていくと、「祈り」や「その土地の文化」が伝わってきて、感慨深いものがありました。
帰りは、目黒のフルーツパーラーで集合して、ケーキ。
一足早い雛まつりかな。
年末からスタートした千代田区の「長唄のてほどき」ですが、先日が第5回(最終回)でした。
第1回~第3回は長唄の概要を知る座学。
第4回は三味線をお借りして「さくらさくら」を実際に弾いてみる体験。
第5回も三味線で「勧進帳」の一部分を練習。
三味線に触ったのは初めてです。
第4回と第5回の間が2週間あったため、すっかり忘却(バチの持ち方とか・・・)。
触っているうちに構造がわかってきて、少しずつ弾けるようになり、「三味線も面白いなあ」と思いました。
糸が絹糸なのも日本っぽい。
以前、徳島の家を大急ぎで片付けたとき、祖母の三味線を全部捨ててしまったようで、その時は後悔したのですが、今回の講義で「三味線は基本的に消耗品。メンテナンスしながら使う。古いものはかえって修理に費用がかかることがある」みたいなお話をお聞きしました。
くよくよする私の気持ちが少しラクになった。
本当に弾きたければ、手軽に始められるサークルや教室もあるみたいだし、そういう所では月1,500円とか2,000円とかで三味線のレンタルもしてくれるそうです。
どんな楽器も、練習時間を割かなければ上達しないので、長続きさせるために私が思うのは、
①その楽器の音そのものが好き。
②演奏スタイルが自分の好みと合っている。
③購入や修理のランニングコストが許容範囲内で、メンテナンスが苦にならない。
みたいなことかなあ。
歌もそうかも・・・。
私は歌だけでも手一杯で、ほかの楽器まで回らないのですが、三味線は良いなあと思いましたよ~
2月2日は上野の奏楽堂(重要文化財旧東京音楽学校)で、アリアと歌曲のコンサートに出演しました。
この日は午後に少し気温が上がり、春の気配が感じられる一日になりました。
この奏楽堂は、東京音楽学校(東京藝術大学の前身)にあった古い建物を、移築し、復元し、そして今回は耐震補強などのためにリニューアルしたということです。
改装しても、レトロな雰囲気はそのまま。
コンサートを聴きに来たことはありましたが、歌うのは初めてです。
私の歌は、「さくら横丁」『フィガロの結婚』の伯爵夫人のアリア(3幕)『トスカ』のアリア(2幕)の3曲を予定していました。
・・・が、なんと8名中3名もの出演者が体調不良(インフルエンザなど)で欠席になったとのこと、本番2日ほど前に連絡をいただき、急遽『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」を増やすことになりました。
この時期のコンサートは、出演者も、お客様も、体調管理との闘いですね・・・(汗)
今年はインフルエンザめっちゃ流行っているし・・・。
「さくら横丁」(別宮貞雄作曲)は、一昨年亡くなった大賀寛先生に日本語唱法研究会で最後にみていただいた曲で、本番で歌ってみたかった。
『フィガロの結婚』は、今年6月に全幕公演を企画しているので、歌ったことのない3幕のアリアを自分のものにしたかった。
そうは言ったものの、伯爵夫人のアリアは直前まで暗譜が心配で、くよくよ悩んでピアニストさんを困らせたりしました(苦)
でも、当日舞台に上がれた時点で8割は成功だから(笑)
歴代の大御所も歌ったであろうこの会場で、『トスカ』や『蝶々夫人』のアリアが歌えるとは、なんと幸せなことでしょう。
ドレスは迷いましたが、プラム色の光沢のあるドレスにして、前半2曲と後半2曲でショールの色を変えました。
舞台裏の階段が狭くて急なので、手すりにしがみつきながら、そしてドレスを踏みながら上がり降りするのも(笑)、私にとっては楽しい経験になりました。
こういうところを改装していないのも、逆に良いのかも。
本番が始まり、「さくら横丁」の演奏がスタートすると、まだ咲いていない上野公園の桜が窓の向こうに見えるような気がして、様々な思いが頭を巡りました。
「さくら横丁」のおかげで、あとはどうにかスムーズに歌い続けることができました。歌うことができて本当に良かったです。
古くからの友人や知人が何人も足を運んでくれて、とても嬉しかった!
終演後は、お隣の東京都美術館の中にある「カフェアート」で「伝統のカレーライス」をいただきました。
本番後のカレーは美味い!
昨日は、新年最初のお香の会に出かけました。
お香の先生は女性ですが、落語もできるそうで、多才な人であります。
昨日は「芝浜」を聞かせていただいた。
「芝浜」は、ドラマの「昭和元禄落語心中」でも部分的にやっていたので、なんとなく知っていましたが、全部通して聞くのは初めて。
ほろりとする人情噺で、聞き入ってしまいました。
情景描写をしたり、人物を描き分けたりするのは、話芸と音楽の違いはあるものの、オペラや歌曲にも通じるところがあると思う。
演じ手によって、全く異なる芸術になるところも似ている。
落語の後は、芝浜を題材にして「芝浜香」というお香の会。
私はまだ2回目で、なにがなんだか、わからないことも多いのだけれど、静かに集中できる時間が今のところ気に入っています。
香りが当てられるようになると、もっとすっきりすると思うんだけどなあ~(苦笑)
同じ香木でも試香のときと本香のときとでは香りが違うような気がする。
温度だろうか。
こちらの感じ方だろうか。
謎は深まるばかりである。
最後に茶話会があり、これもまた芝浜を題材にした和菓子をいただいた。
黒ゴマがポツポツ練りこまれた土台は砂浜に見立ててあり、ミント色は打ち寄せる波、手前のお豆はお財布を模したものだそう。
「芝浜」ではこのお財布に50両入っているのだ!
あまりにもよく出来ているので、見入ってしまいました。
1月も半月終わってしまった。
年末年始は東京にいたけれど、やろうと思っていたことがあまり捗らなかった。
こんなことなら、一泊でも良いから何処かへ行って気分転換すべきだった。
おまけに新年早々風邪をひいてしまい、しばらく歌の練習はおあずけ。
先週、熱が出たけれど、会社には行かなければならないと思い、身支度するためにタイツを履いたら、中に蜂(?)が潜り込んでいて、刺された(痛!)
私も悲しかったけれど、蜂もだいぶ弱っていて悲しそうだった。
「冬の蜂」という季語がある。
冬を越す、動きの鈍い蜂のことをいうらしい。
いろいろあるけれど、食べるものがあって、眠れる場所があるのだから、良いのである。
今日は、友人からもらった特製タオルハンカチで元気を出してみた。